横浜出身、川崎在住の裕美・ルミィヤンツェヴァは音楽、語学、研鑚が大好きなラグタイム&ジャズ・シンガー。十ヶ国語以上を学び、世界数十ヶ国、数百都市、数千町村を訪問          
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ブルースあれこれ

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●まずブルースと一言でいっても沢山のブルースがあります。

古い物ですと、アーリー・ブルースといってラグタイム・ソングに含まれるヴァース2回、コーラスの繰り返し2回で構成されているものです。

しかしこちらは、タイトルだけがブルースといった感じで、コード進行やメロディー・ラインを見てみると、単にラグタイム・ソングです。

たとえブルースであっても、現在皆が思っているブルースとは一味違って、ものすごくぐちゃぐちゃで複雑なスタイルが特徴です。

その後の変化といえば、このコーラスの部分を取って、もっとシンプルにして、コードに基づいて演奏したことです。それらが、ブルースを意識し始めた頃のブルースです。

ラグタイム譜として残っているブルースにコードは書いてありません。左手の伴奏でさえ全て譜面に書かれています。ラグタイム曲の中には、コーラスの部分だけが残り、ディキシーやジャズ・ソングに発展していった物が多いです。

ディキシーといっても、ニューオリンズ・ジャズと同じで、黒人でなく、白人が演奏したので敢えてディキシーと呼んだわけですが・・・

これがラグタイム譜から派生したタイプのブルースです。

●まずブルースとジャズは別路線ですね。

野外で生まれたジャズの誕生は1850年頃のコンゴ・スクエアで、鍋やら、空き瓶やら、音の出る物を利用し、どんちゃん騒ぎしていた黒人達に由来します。

リンカーン率いる北軍が勝利し、自由を与えられた黒人奴隷達が、魂の叫びのごとく音を発したのがそもそもの始まりです。

黒人奴隷といえば、直ぐにアフリカと結び付けられますが、実際にはアフリカから直接ではなく、カリブ海に浮かぶ島々を経由して南部に入ってきた奴隷も沢山おりました。

当時のアメリカでは、アングロ・サクソンと黒人の混血とフランス・スペイン系と黒人の混血をはっきりと区別しておりました。そのまた2世、そのまた3世、そのまた4世にまできちんとした名称が付いていたくらいです。

その中でもクレオールという言葉が馴染み深いと思いますが、黒人のみならず様々な国の様々な人種の持ち合わせる要素が上手く融合し生まれたのがジャズです。

勿論、ドレミの音階を使用しているわけですから、行進曲やら、ポルカやら、当時の西洋音楽の影響もあります。黒人のざわめきから、やがてマーチング・バンドが生まれ、ニューオリンズ・ジャズへと発展していきました。

その粋な音楽を真似して奏でたのがディキシーの始まりです。帽子をかぶり、蝶ネクタイをし、正装して演奏したのも1つの風習ですが、そのバンド構成にも特徴がありました。

フロントに欠かせないのが、トランペット(コルネット)、クラリネット、トロンボーンの3人組です。リズムを刻むドラムも必要不可欠です。ウッドベースの変わりにチューバやスーザフォンなどが代用された時代でもありました。ピアノの代わりにコード進行を受け持ったのがバンジョーでした。

こうして人間が歩くときに生まれた自然なリズム、人間が踊るときに生まれた自然なステップが、ツー・ステップの音楽となり、ジャズの原型として座を占めたのです。

裕美・ルミィヤンツェヴァ

HIROMI RUMIANTSEVA

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